子どもにお金は遺さない。でもNISAで“生きる力”を手渡したい話

わが家がたどり着いた、ちょうどいい距離

老後のお金は、自分たちの人生を豊かに使い切りたい。 これは夫婦で何度も話してきた、わが家の大きな方針です。

それでも心のどこかで、こんな気持ちがありました。

  • 社会に出たばかりの時期に、支えがまったくないのは心細いかも
  • 何も残さないのは、冷たい親なのかな
  • ただ現金を渡すのは、少し違う気がする

「お金を遺さない」ことと「突き放す」ことは、きっと同じではない。 そのあいだに、わが家らしい形があるはず・・そう考える中で浮かんだのが、子ども名義のNISAでした。

私がしてあげたいのは、大きなお金を遺すことではなく、「お金がないから選べない」という窮屈さから、子どもを守ることです。

これから先の人生で就職して一人暮らしを始めたとき。
結婚や環境の変化で、出費が重なるとき。
そして、ずっと先の老後を迎えたとき。

「お金がないから選べない」
「不安で身動きが取れない」

そんな状態だけは、できるだけ避けてほしいと思っています。

お金に振り回されず、ちゃんと暮らしていけること。
人生の選択肢を、自分で選べること。

そのための最低限の基盤は、親として整えてあげたい。

そう考えたときに行き着いたのが、
「お金を遺さない。でも、NISAは渡す」という選択でした。


目次

なぜ私が、こんな考えに変わったのか

以前の私は「家族が最優先」が当たり前でした。 夫の顔色をうかがいながらお金を使い、自分のことは後回し。どこか生きづらさを感じつつも、それが「母親の正解」だと思っていました。

でも夫婦のお金に対する価値観の違いに向き合う出来事があり、「私はどう生きたいのか」「お金とどう付き合いたいのか」を真剣に考えるようになりました。

幸い、投資信託だけは40歳手前から続けていて、時間が資産を静かに育ててくれていました。さらに身内の相続での小さなすれ違いを目にしたとき、強く感じたのです。

どれだけお金があっても、あの世には1円も持っていけない。

残す金額よりも、生きている今をどう使うか。 そして子どもには、お金そのものより「お金と向き合う力」を手渡したい、そう思うようになりました。

もし資産に余裕がなかったら、同じ考えに至れたかは分かりません。
だからこそ、早くからコツコツ続けてきた投資信託が、今の選択肢や心の余裕をつくってくれたと感じています。


わが家の方針|NISAはプレゼントではなく学びの土台

いま夫婦で考えているルールは、とてもシンプルです。

  • 18歳になったら子ども名義でNISA口座をつくる
  • 親が応援として積み立てるのは独立するまで
  • 就職したら、運用は本人に引き継ぐ
  • 続ける・やめる・使うは本人の判断

お金は用意するけれど、主導権はきちんと子どもに渡す。 ここだけはブレないようにしています。


わが家で続けている「小さなお金の対話」

わが家では、資産運用の話を子どもたちにわりとオープンにしています。
つみたてNISAのシミュレーションを一緒に見たり、実際に私たちが運用している投資信託の画面を見せたりしながら、

「お金ってこうやって時間で育つんだよ」
「投資だから増えることもあれば、減る時期もある」

と、私でわかる範囲の言葉で伝えてきました。

家庭でも学校でも、こうした“お金のリアルな話”って、意外とする機会がありませんよね。
だからこそ、理解させることよりも、なんとなくでも触れておくこと、一緒に考える時間を持つことに意味があると感じています。

NISAを渡すのはゴールではなく、お金とほどよい距離で付き合える大人になってほしいという願いの通過点。

子どもたちにも、私たち親と同じように、心豊かに暮らしてほしい。
その気持ちが、わが家の方針のいちばん根っこにあります。


できれば“なかったもの口座”に

これは親の勝手な願いですが、いったん「ないもの」として置いておき、長期の時間を味方につけてほしい。

言ってみれば、この口座は親が最初にまいた「種」のようなもの。

そこに子どもが自ら「月1万円の積立」という水をやり続け、長い年月をかけて育てていく。

そして、人生のここぞという時に、自分自身で「収穫」してほしいのです。

「足るを知る者は富む」という言葉があります。 どれだけ大金を追い求めても、自分にとっての「必要な額」を見失えば、人はかえって不安や欲に振り回されてしまう。

簡単に億万長者を夢見るほど、甘い話やあやしい情報に心を持っていかれる……。そんな光景を、私は投資を続ける中で見てきました。

だからこそ子どもたちには、派手な近道ではなく、地に足をつけて生きてほしい。

「親が種をまき、子が水をやり、本人が収穫する」 そんな風に、自分の暮らしにちょうどいい豊かさを、自分の頭と手でつくれる大人になってほしい。

この“なかったもの口座”は、その感覚をそっと育てる「土」のような存在であってほしいと思っています。

もちろん、最終判断は本人のものです。 たとえ親の理想とは違う使い方をしたとしても、それは本人が自分の人生を自分で決めた結果。失敗も含めて「自分で選ぶ経験」を積んでいくことこそが、本当の意味での自立だと信じて、その判断を尊重したいと考えています。


まとめ|残したいのは、お金より“生きる軸”

私は子どもに大きなお金を遺すつもりはありません。

その代わり、

  • 学びたいこと
  • 挑戦したいこと
  • 人生の糧になる経験

そこにはお金を惜しまない親でいたい。

老後のお金は、残すためではなく 自分と家族が納得して使い切るためのもの

NISAという形も、その延長線上にあります。 これが、いまのわが家の現在地です。

もちろん、この考えがこの先もずっと変わらないとは限りません。
子どもたちの成長や、自分たちの老後の状況によって、きっとまた悩むこともあると思います。


私自身、まだまだ模索中です。

それでも今は、「お金を残すこと」より「どう生きて、どう支えるか」を大切にしたい。
その軸だけは、これからも変わらず持ち続けていきたいと思っています。

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